REBECCA(レベッカ)

何度かメンバーチェンジがあったため、大まかに3期に分けることが出来ます。
第1期/vocal:NOKKO bass:高橋教之 drums:小沼達也 keyboards:土橋安騎夫 guitar:木暮武彦
第2期/vocal:NOKKO bass:高橋教之 drums:小田原豊 keyboards:土橋安騎夫 guitar:古賀森男
第3期/vocal:NOKKO bass:高橋教之 drums:小田原豊 keyboards:土橋安騎夫
この他、サポートメンバーとして、guitar:是永巧一(第2〜3期)やguitar:友森昭一(第3期)、
percussions:中島オバヲ(第2〜3期)などがいました。
ちなみに、リーダーは第1期は木暮武彦で、脱退後は土橋安騎夫でした。 

「REBECCAほどライブの魅力を多くの人に教えてくれたバンドは他にない」と言われるほどでした。
REBECCAはなんと武道館6daysを成功させたり、東京ドームBIGEGGでライブを行ったり、観客動員数もかなりのものでした。

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REBECCA|Complete Edition Album 1999.06.02 On Sale SRCL-4536 ¥3,059(tax incl.) 【収録曲】(クリックすると歌詞が見れるよ!!) 01. Raspberry Dream(remixed edition) 02. Cheap Hippies(remixed edition) 03. When a woman loves a man(remixed edition) 04. フレンズ(remixed edition) 05. Cotton time(remixed edition) 06. Bottom LINE(remixed edition) 07. London boy(remixed edition) 08. 76th STAR(remixed edition) 09. Smile(remixed edition) 10. Moon(remixed edition) 11. Olive(remixed edition) 12. One more kiss(remixed edition) 13. Virginity(remixed edition) 14. Maybe Tomorrow 〜Nippon Budokan Last Live version〜
History
1982 NOKKOが当時メンバーだったバンド「DOLL」が出演したアマチュア・ロック・コンサートで 木暮武彦と出会い、木暮が作った新しいバンド「REBECCA」にヴォーカルとして参加。 「REBECCA」というバンド名は小説「黒い瞳の少女レベッカ」からとって木暮が命名した。 3月 地元・埼玉や都内でのライブ活動を開始。 この頃、埼玉会館でのアマチュア・ロック・コンサートに出演した際、CBS/SONYのスタッフにスカウトされる。 7月 NOKKOと木暮がデモテープを持って突然渡米。 アメリカではL.A.のキャピタル・レコードなどにテープを持ち込んだがつれない返事。 結局、L.A.には金銭的な限界もあり45日間で失意の帰国。 1983 1月 しばらく考える時間を持ったNOKKOはREBECCAを再会して欲しいと木暮に嘆願した。 2月 新生REBECCAが練習を開始。この時ベースの高橋教之が参加。 4〜6月 この時期は各メンバーともにバンドとバイトの日々を送っていた。 当時よく出ていたライヴハウスは「エッグマン」と「ラ・ママ」など。 7月 新しいドラマー小沼達也参加。 8月 CBS/SONYの新レーベル"FITZBEST"のオーディションを受け、見事合格。 9月 キーボード土橋安騎夫が参加。 10月 マネージメント事務所がシンコーミュージックに決まる。 11月 ファースト・アルバムのレコーディングに突入。最初のレコーディング曲は「Queen of Venus」 1984 3月 ファースト・アルバム「VOICE PRINT」完成。同時に初めての東名阪ライヴツアー。 4月 4月21日に記念すべきデビューシングル「ウエラム・ボートクラブ」発売。新宿ルイードでデビュー・ライヴ。 5月 ファースト・アルバム「VOICE PRINT」発売。 6〜9月 全国ライヴハウス・ツアー、4ヶ月で40本こなす。 10月 セカンド・アルバムのレコーディング突入。 11月 11月21日にセカンド・アルバム「NOTHING TO LOSE」とシングル「ヴァージニティー」同時発売。 12月 渋谷 PARCO SPACE PART3での初のワンマン・コンサート。キャパ280人に対して700人が並び、パニック的に盛り上がる。 1985 1月 エッグマンで動員記録を作るなど、各地で人気が出はじめる。 1月31日の大阪バナナホールでのライヴを最後に木暮と小沼がREBECCAを脱退。 直接的な原因はメンバー間の音楽的方向性の亀裂だった。 実際、リーダーでソングライターであった木暮の脱退はREBECCAにとって危機的な状況であった。 2月 落ち込んでいたメンバーだったが、新生レベッカを作るために動きはじめる。エ ッグマンで共演したことのあったバンド「POW!」のドラマー・小田原豊が参加。 ギタリストはオーディションを行い、古賀森男に決定した。 3月 このメンバーで3枚目のアルバムレコーディングに入るが、ギターに関してはこのとき 若手スタジオミュージシャンとして頭角を表していた是永巧一が参加。 そしてシングル「ラブ・イズ Cash!」レコーディングの時、中嶋オバヲがパーカッションとして参加。 4月 渋谷ライヴインにて記念すべき新生レベッカの初コンサートを敢行。 究極の盛り上がりになり、のちに新聞などで“酸欠ライヴのレベッカ”と書かれるほどのインパクトを与えた。 4月21日シングル「ラブ・イズ Cash!」発売。 5月 5月22日アルバム「WILD & HONEY」発売。オリコン・チャート6位まで上昇。 5〜8月 東名阪ホールコンサート。4枚目のアルバムのレコーディングに突入。 9月 のちに130万枚というセールスを記録することになる名作「REBECCA4、〜Maybe Tomorrow〜」が完成。 10月 10月21日シングル「フレンズ」発売、大ヒット。 11月 11月1日アルバム「REBECCA4、〜Maybe Tomorrow〜」発売。初のオリコン1位アルバムとなる。 このあと長期間1位をキープして大ロングセラーとなり、レベッカの地位を確固たるものにした。 12月 12インチ・シングル「BOTTOM LINE」を発表。渋谷公会堂を含め、本格的なライヴ・ツアーが始まる。 1986 2月 NOKKO、ダンス・レッスンのためニューヨークへ。 3月 5月にリリースする予定のシングルのレコーディングを開始。 5月 5月2日、5枚目のシングル「ラズベリー・ドリーム」発売。 同時期、12インチ・シングルのリミックスのためメンバー、ニューヨーク入り。 その後、メンフィスで初の海外コンサート(2日間)。 メンフィスに滞在中、地元のクラブに飛び入り出演し、「ラズベリー・ドリーム」を演奏してウケまくる。 6月 6月21日、2枚目の12インチ・シングル「MOTOR DRIVE」発売。 5〜7月 大規模な全国ツアー。 7月 7月31日の新宿都有3号地でのコンサートを最後にギタリスト古賀森男が脱退し、自分のバンド「フェビアン」に専念する事になる。 8月 秋に発売予定の5枚目のアルバムの制作に突入。かなりの難産だったが9月末に完成。 その後、後任のギタリストのオーディションを行い、元オートモッドの友森昭一が参加することに決定。 10月 渋谷公会堂5日間コンサート。10月15日、シングル「LONELY BUTTERFLY」発売。 続いて10月25日にアルバム「TIME」発売。このアルバムもオリコン1位のロングセラーとなる。 11月 11月1日、早稲田大学第一文学部にて楽器車を乗りつけてのゲリラ・ライヴ。2000人が熱狂。 12月 全国体育館ツアーが始まる。 神宮球場にてピーター・ガブリエルらとともに「JAPAN AID(HURRICANE IRENE)」に参加。 レベッカ3枚目の12インチ・シングルのリミックスのためニューヨークへ。 1987 1〜2月 武道館6日間コンサート。その後メンバーはそれぞれ充電しつつソロ活動を始めた。 まず土橋がソロ・アルバムの制作に入り、高橋と小田原も準備に入った。 2月26日、12インチの「CHEAP HIPPIES」C/W「WHEN A WOMAN LOVES MAN」発売。 4月 レベッカ初のリミックス・ベスト・アルバムのトラックダウンのため、土橋とNOKKOがニューヨーク入り。 NOKKOは英語の歌にも挑戦。 また、映画「微熱少年」の主題歌をレコーディングし、4月22日にシングル「MONOTONE BOY」発売。 5月 5月31日、全曲リミックスされたベスト・アルバム「REMIX REBECCA」発売。初登場1位。 6月 6月21日に土橋安騎夫のソロ・アルバム「CHRONICLES」発売。 7月 7月25日に大阪淡輪海岸特設ステージで野外コンサート「FROM THE FAR EAST」2万人を動員。 7月29日に高橋教之のソロ・アルバム「LANDSCAPE」発売。 7月31日に当時のロック・ファンの2大ヒーローであったREBECCAとBOOWYの ジョイント・イベント「KING OF ROCK SHOW」が名古屋国際展示場で行われる。 8月 8月4日、「FROM THE FAR EAST」が西部球場で35,000人を動員して行われる。 8月8日、50,000人を動員した「FROM THE FAR EAST」が横須賀新港埠頭で行われる。 レベッカのライブ史上、もっとも代表的な野外イベントとなった。 9月 レベッカ6枚目のオリジナル・アルバムの制作に突入。 ミックスはフランソワ・カヴァーキンとマイケル・ハッチンソンのコンビによるもので、 ニューヨークと東京の2ケ所でトラックダウン。 11月 11月18日、シングル「ナーバス・バット・グラマラス」発売。 11月28日アルバム「POISON」発売。初登場1位。 12月 POISONツアー始まる(全国73本)7ヶ月にもわたるツアーで全国各地のホールを駆けめぐった。 1988 2月 2月26日にシングル「MOON」発売。 5月 POISONツアーで終了。しめくくりは国立代々木競技場第1体育館3日間。 小田原のソロ・プロジェクト「TRAUMA」レコーディングに突入。 6月 全曲ロング・ヴァージョンのダンスリミックス曲を集めたアルバムの制作に入る。 リミックスはフランソワ・カヴァーキンをはじめ、4人のエンジニアがニュヨークで行った。 8月 8月1日にダンス・リミックス・アルバム「OLIVE」発売。 初登場1位。NOKKO、伊丹十三プロデュースの映画「SWEET HOME」に出演。 オリジナル・ニューシングル制作突入。 10月 レベッカ7枚目オリジナル・アルバムのレコーディング始まる。 11月 11月21日シングル「ONE MORE KISS」発売。 1989 3月 フランソワ・カヴァーキンとマイケル・ハッチンのミックスによる7枚目のオリジナル・アルバムが完成。 4月 4月30日、シングル「VANITY ANGEL」発売。1年半ぶりにツアーリハーサルを再開。 5月21日アルバム「BLOND SAURUS」発売、初登場1位。 NOKKOの急性盲腸炎で数本を延期したあと「BLOND SAURUS ツアー」始まる。 7月 7月17日、東京ドームにてコンサート。42,000人を動員。 9月 リミックスによるロング・ヴァージョンのシングル「SUPER GIRL」発売。 ゲスト・ギタリストにスティーヴ・ヴァイが参加。 10月 オリジナル・ニュー・シングル制作に突入。 11月 シングル「LITTLE ROCK」発売。「BLOND SAURUS の逆襲」ツアー。 1990 1月 1月19日、日本武道館にてコンサート。実質的にはこれが最後のコンサートとなった。活動は無期休止宣言。 メンバーはそれぞれの方向性へ歩き出した。 NOKKO、元ノーマジーンの もとこ と「SHORT HAIRS」結成。 ボ・ガンボスの どんと などとともに自主的にレコーディングをはじめ、2曲が完成した。 NOKKO、ソロ活動のためニューヨークへ旅立つ。 春 土橋安騎夫が本格的ソロ活動の準備を始まる。 高橋と小田原、そして是永の3人が同じFITZBEATのアーティストである宮原学と新グループ“BABY'S BREATH”結成。 セッションはじめる。 8月 レベッカのベスト・アルバム「The Best of Dreams」発売。初登場1位。 1991 2月 レベッカ解散。


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